公式掲載は推理小説ネタの罪深さ

教科書をめくれば、公式が載っています。
これが意味するものは「冒険はさせません!」なのかもしれません。


■なぜ、公式を発表するのだろう?
今から学習するところを教科書で覗くと、
すぐに太い線枠で「公式」が書かれています。
近頃、特に感じるのです。
なぜ、公式を書いてしまうの?
これは算数数学を知れば知るほど、
その公式のもつ無意味さを痛感するのです。
■2ページ目で犯人のネタばれ推理小説
教科書で公式を発表するということ。
これは、推理小説を読もうとするその次のページに、
「犯人はこの人です!」
ネタばれさせるようなものだと思います。
そして、なぜ、この人が犯人なのかトクトクと説明する。
知ってしまった以上、引き付ける謎解きはありません。
もちろん公式を導くという面白さはありますが、
自分で公式を作るという冒険は今の教科書にはありません。
■感動する教科書
映画や本など世界中の文化は感動に満ち溢れています。
しかしこの教科書にはここに感動を!
というフレーズが見当たらない。
教科書が感動を与えたら、
学校の先生が要らないじゃないか!
といわれるかもしれませんが。
もちろん先生の存在は感動に不可欠だと思います。
仮に感動する教科書というものがあっても、
それをどのように使うか?
これによって授業の中身が変わるのではないかと思うのです。