学習の低年齢化ー学習素地の問題は時期をずらしましょう。

教育の低年齢化の歯止めが止まらない様子です。子どもが何もしていない−その状態が不安でしかたない。それは親の心理として、ごく普通のことと思います。ただ低年齢化に伴いぶつかるのは学習素地の話。これは本来「問題」ではないのですが…。この学習業界の大罪があるとすれば、それはあらゆる人々に教育不安を与え、その子どもの発達状況をみないまま学習レールに乗せてしまったことでしょう。

進んでいく学習の低年齢化で、それを強く感じます。
子どもにその単元理解で必要な学習素地が出来上がっていないのに、教科書には堂々と載っていたり。

それがクラスの70%の子が出来ると、わが子が出来ないことに不安になります。
学習素地が不十分な子には、その単元は早かったりするんです。それはその子の能力の問題や教え方の問題じゃない。学ぶ時期が問題なだけです。

だから解決策をいえば、今は学ばない、ですね。
でも理屈で言っても不安は払拭できない。もうなんでこんな学習プログラムなのか分からないけれど。

これも何度か書いていることですが、例えば小学6年生の場合の数。中学2年生の架け橋になり、その後、高校1〜2年生の確率の話に発展します。

それをおもうと「やっぱり小学6年生で躓くと後の学習に響いてしまう…」と考えます。でもご安心下さい。さしあたって問題じゃありません。

確かに連動はしています。
ただ小学6年生でわからなかった樹形図の話は、中学生になればすぐに分かる話だったりします。ものの数分で説明がつく。『なんでこんなことが、あの時分からなかったんだ?』と子どもたちは口を揃えていいます。

それはその時に学習素地がなかっただけ。学ぶ時期をずらせば良かったのです。
だから「今、分からなければ落ちこぼれる」という強迫観念をまず捨ててしまうべきでしょう。