「手にしたいもの」と「手にしたもの」それはちがうようだ。

教育サービス業の端くれにいるぼくが個人的によく耳にするのは、喜ばれているものって店頭に並ぶおしながきじゃないってこと。うーん…これ不思議です。


「手にしたいもの」と「手にしたもの」
それはちがうようだ。

中学生のころの話。
ぼくはファミコンでやったドラクエⅢ。
その冒険のなかに「パルプンテ」という呪文があった。
この呪文は特別。
何が起こるか分からない、のだから。
呪文で攻撃して倒すわけでもなく、
ただそれまでにない何かが起こる。
予測不能。
こんな呪文、使わない。
何が起こるか分からないものに、
MP(マジックポイント)をつかうなんて、
バカバカしいと思ったから。
でね、ここからが本題。
ひょっとするとなんだけど、
ぼくの家庭教師という学習サービスは、
このパルプンテじゃないかな…
って近ごろ思い始めている。
ちょっと詳しく書こう。
ぼくは店頭に算数や数学をお品書きで並べている。
こいつは一級品でごやんすよ!と
商い文句は言わないが、
食べて美味かったらまたどうぞ
ぐらいの心遣いはする。
「美味しい(わかる)」
と嬉しいお言葉をくれた人と
ぼくは次第に繋がっていく。
でもね、ココからが不思議だ。
たしかに算数数学という商品を目的に、
お客様はのれんを潜ってきてくれて、
ズルズルと音をたてて食べてもらい
「へぇそうか!」
「できたー!」
「やった!」
と言ってくれるのに、
お客様はのれんを潜って
外に出ると
「みかん亭の箸はいいよなぁ」
「あの麺をうつ手つきは最高だよね」
「サラサラって書いた伝票が素敵だよね」
と商品とは全く関係のないところに
個人的な楽しみを見いだす。
だから…そこじゃないって!
と思うんだけれど、目的の算数数学より、
そっちの方が重要な目的と化けちゃう。
そんなお客が1人なら気にならない。
そういう人もいるだろう、で済む。
でも互いに知らないお客様たちが、
全く異なったところで言うと、
店主のぼくとしては腕組みせずにはいられない。
そして考えて、答は出た。
「これはパルプンテだ!」
だからね、ここで書きますよ。
えっと仮の話です。
あなたが美味しい算数や数学を
わが子に与えたいと思って、
恐る恐るみかん亭の暖簾を潜ったとしましょう。
子どもの手を引きながらね。
そしてお品書きを眺めて
「手にしたいもの」
を注文をするとしましょう。
そして店主は緊張した様子で、
テーブルにご注文のものをおきます。
「手にしたいもの」をお渡しする瞬間。
でもね。
お店を出たとき、
「手に入れたもの」はちがうようです。
ようです…と無責任なことをいうけれど。
で、それは何か?
さぁ〜分からない。
ぼくはお客じゃなくて、
みかん亭の店主なのだから。
今の時点で、ぼくが分かっていることは、
本当のお品書きを決めるって「お客さん」ってこと。
ぼくがお品書き入れていないことを、
お客さんがお品書きとして見てしまう。
ぼくにとってとるに足らないものでも、
お客さんからみればとっても喜ばれてしまうもの。
だからね、その、つまり。
教育を提供するってことは、
店主のぼくにとっても、
お客さんにとっても、
パルプンテなんだろうというわけです。
おわり。