子どもの行動を管理できない情けない親の社会への希望

日曜日は疲れた…子どもをどこか連れて行くと疲れる。でももっと疲れるのは子どもがいることで「親の体面」を維持しなきゃいけないこと。



子どもの行動を管理できない
情けない親の社会への希望

情けない話です。
子どもをどこかに連れて行くと、
親は子どもを管理しなきゃいけませんよね。
「そこは走らない」
「静かにしなさい」
「言うことを聞きなさい」
「我が侭はいわない」
などなど。
チャランポランのぼくですら、
言わざるおえない訳です。
そんな昨日。
騒ぐ子どもを抱えながら、
頭を低くして謝るぼく。
2歳と5歳を抑えることができない。
そんな自分の立場もわきまえず、
とんでもないことを
承知の上で言ってしまえば、
「また言わされている」
って思うんです。
誰に言わされているのか?
それは“社会規範”というものに。
多くの人々から
『親なんだから
 しっかり管理しろよ!』
って圧力を感じる。
その圧力の背景には、
『親としてどうか?』
という自分の中の社会規範があるんだよね。
もしかしたら、
ぼくが子どもに注意するのは、
子どものしつけという意味合いより、
『ほら…ぼくは注意してますよ。』
って社会に了解を得ているだけ
にすぎないのかもしれない。
そうだろうな。
全くバカバカしい親の体面だ。
なんなんだ…ぼくって…
と自分の保身的な行動に情けなさが漂う。
でもね。
そんな無力で情けない親の
この上ない贅沢な希望を言っちゃえば、
騒いでいるわが子に
「ぼく、ここは静かにするところだよ!」
とサラリと叱ってほしいんだよ。
それがかれの最高の学びになる。
ハッとして肌で感じると思う。
ぼくの体面はズダズダになるが、
そんなあり難いことはない。
そう。
休日になると
ぼくが子どもを連れ出すわけは、
たのしい思い出作りばかりじゃない。
『君は周りと繋がっている』
ということだって
ちゃんと教えたいんだよね。