暴力への対応・警察頼り-学校の教育配慮

子ども達の問題行動と警察。かつて「問題行動の対応も教師の仕事」と言われていましたが、今、教育現場ではそうもいえない状況のようです。

朝刊を読みました。

増加する暴力件数

08年度の暴力行為の内訳は以下の通りです。

  • 小学校:  6484件
  • 中学校:4万6484件
  • 高 校:1万0380件

中学生が圧倒的に多いようです。学校側はこのような状況に、警察や児童相談所との連携を進めているようですが、
その先生の心中は複雑の様です。

現場の声はさまざま

記事に警察との連携について、賛成と反対それぞれの先生の声が掲載されていました。

茨城県の中学の教諭。「生徒を警察に売るようなことをすべきではない」とずっと思っていたが、激しく暴れる生徒を受け持ち、考えが変わったという。後輩や同級生への殴るけるの暴行、学校の備品の破壊、喫煙や飲酒…。「とても教師の手には負えない。親も無反応で制御できない生徒は『だれかになんとかしてほしい』というのが偽りのない気持ちだ」

朝日新聞(2009年12月6日朝刊)

この中学教諭の心中はよくわかります。
子供子供といいますが、本当に危険だと思います。それに生徒指導だけが、仕事ではありません。
もし重大な事件が起これば、ごめんなさい、で済まされません。

暴力行為をする子、暴力を受ける子、そして先生。すべてを守る方法として、警察だのみはやむえないのかもしれません。ただ、一方で反対の意見もありました。

荒れる生徒と長く向き合ってきた神奈川県の中学教諭は言う。「なぜそんなことをしたのか、背景を聞き、その子の生涯を一緒に考えるのが教育だ。結果を見て摘発する警察とは立場が違うことを意識して連携しないと、『犯罪者』を増やすだけになる」

朝日新聞(2009年12月6日朝刊)

暴力の裏側にある背景を考える。そこを見ていかないと、この暴力の根本的な解決にはならないし、結果的に排除につながる。警察の存在を肯定しながらも、教育的立場でこの子たちを救う道も考えよう。
そういう考えでしょう。

希望の光を奪わないこと

「鑑別所や少年院に行ってもいつかは地域に帰る。でも、秩序維持のために簡単に排除され、不信の塊になった子は更生が難しい。やむを得ず警察と連携するにしても、学校は教育的な姿勢を失わないで欲しい」

朝日新聞(2009年12月6日朝刊)

記事の最後の部分を読んで思いました。社会秩序を乱す行為が、結果として排除になってしまう。社会参加がよけいに難しくなる。

今を騒がせる犯罪もそのような傾向ばかりではないでしょうか?

私は、それが子供自身が犯した罪であっても、そこに光の道筋を用意してあげる。これが教育ではないかと思いました。

教育の転換期

社会はより複雑になってきました。
それについてこれない子供たちがいて、それを受けとめる先生にも限界きている。
このような教育問題は、今の学校の制度にあると思います。
子供の暴力増加はその現れではないでしょうか。

現場に必要なものはなにか?

私の勝手な考えですが、まず学校の先生たちと、子供たちがふれあう時間を確保することだと思います。

荒れている表層の姿ではなく、その裏側にある心の現状を見つめ直す。
そのために学校や教育委員会は、業務をどんどん簡素化して時間をつくる。
(子供の心を捉える。これより大切な業務がどこにあるでしょうか)

また子供から離れた所で、先生たちが繋がる時間も必要だと思います。たったこれだけでも十分な教育改革ではないでしょうか。

時代はどんなに複雑になっても、人の心のよりどころはシンプルなはずだ。

私は「子供たちは先生のところに還ってくる」と考えています。