「勉強ってなんの役に立つの?」息子の質問に回答しました

ぼくがこれまで子どもたちから何度と受けてきた「勉強ってなんの役に立つの?」という質問。息子だからこそ、親として遠慮なくズバリ言いました。

なんの勉強をはじめようとした時だったか、息子がぼくに

「勉強ってさ、なんの役に立つの?」

とストレートに疑問をぶつけました。補足すると“勉強したことって、この先なんの役に立つの?”ってことです。中学生にもなれば誰でもぶつかる。わかる、とても。

これまで20年以上、子供たちのこのような質問についてぼくなりに回答してきました。

若いころは、「必ず役に立つ!」と根拠もなく回答してました。でもそれはぼく自身が教える仕事だからです。多くの大人はどうでしょう。

英語とか漢字とかは役立ちそうですが、方程式とか証明とか、理科の知識は理系に進まない限り役立つように思えません。子供たちの疑問は誰もが抱くものです。

でも近年、この問いに対するはっきりとした答えを見つけました。よそ様の子にはちょっと言いにくいけれど、息子に対してはっきり言えます。

「役に立たないよ」

息子にとって、この回答は想定外だったようす。ムッとした表情でぼくに質問しました。

「じゃ、なんでするのさ」

ぼくは落ち着いた口調で答えました。

「勉強はね、役に立つとか立たないとかじゃないの」
「どういうこと?」
「役立つ役立たないということ抜きに、身に付けるべき知識を手に入れる行為なんだよ」

それについて意味がないというので、具体的な例を出して説明しました。

「地球は丸いという理科の知識は、君に役立っている?」
「役立っていない」
「だったら勉強しなくていいことになるよね」
「うん」
「すると世界中の人が“地球は丸い”という事実を知らないでいいということになるよね」
「うん…」
「それでいいの?“地球は丸い”という事実は、役に立たないからって誰も知らないでいいことなの?」
「それは…」
「そのうちみんなが地球は平らと信じてしまうよ。世界は本当にそれでいいのかな?」

今度は社会に移しました。

「ヨーロッパに住む人たちとぼくらは関係ないよね。知ったところで意味ないし、役にも立たないよね。」
「うん」
「だったら彼らは僕らのことを知らなくていい?僕らは彼らのことを知らなくていい?」

すると息子もなんとなく「勉強は役に立つとか立たないとかじゃない」の意味をわかってくれました。

でもそれではあまりに勉強に対して楽しみがありません。そこで付け加えました。

「勉強をするとね、それまで見えなかったものが見えてくるんだよ。
お母さんが古文書を読んで、『へぇ〜』と言うよね。自分のいる世界がググッと広がる瞬間がある。それが楽しいんだよ。だから大人になっても勉強するんだ」

勉強することの意義はわかったでしょう。楽しみも次第にわかってくれればいいなと思います。そして彼がぼくと一緒に勉強をしなくなっても、彼が自分の力で勉強をしていって世界を広げていけたら、これは親としてこの上ない喜びです。

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